コンピュータ史のウソと本当
星野 力
コンピュータとその周辺の歴史については、ごまんと誤説が流布しています。 誰かが、書籍、雑誌、ネット記事などで間違い(根拠のない、未確認の、自分勝手な想像)を書くと、それをまた確認しない(同じ様な精神構造)人が、それを孫引き(曾孫引き、夜叉孫引き、………)し、ウソが拡大します。この伝搬を止めるには、どこかで歴史家(原典に当たる人)が「それはウソだよ」と指摘しないといけません。しかし、未確認ウソ伝道者は、そもそも事実を尊重しない体質なので、そういう親切な指摘を無視し、ほとんど訂正しようとしません。有名ジャーナリストまで、この「病気」に感染しているのは本当に嘆かわしいことです。酒など食らっている時間があったら、真面目に調べろよ。 そもそも、誰でも、昔のことは、何かの文献や伝聞を元に推定しています。その出典を明示しないで、またどこまでが原典にある記述でどこからが自分の想像なのかを明示しないでモノを書くと、ウソが拡がります。イマジネーションを広げるのは楽しいことで、それはそれでフィクションだと断っておけばいいのですが、事実か想像かわからないようにしてウソの拡大に手を貸していることが罪深いのです。 インターネットで公開されているページで見かけた、ウソと本当(私ができるだけ原典にあたって、事実だと思っていること)を、以下にまとめておきます。今後とも、このページを充実させるつもりです。 あなたの周りで、この誤説を信じている人がいたら、「それは間違っているそうですよ」と、やんわり注意してあげましょう。大学の先生方も、しばしばとんでもない間違い講義をされます。先生方はプライドの塊です。失礼にならないように、レポートやアンケートなどを通じて、書籍や文献をお知らせし、ウソ伝搬講義をこれ以上お続けにならないようにしてあげて下さい。 |
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前提:ここでのコンピュータの定義は”メモリは有限であるが、チューリング・マシンと等価な、デジタル電子回路で計算する機械”としておきます。一言で言えば、”プログラム可変内蔵方式の計算機械”です。 |
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誤説:アキレタ! |
事実:私が調べた事実です。 |
参考文献、出典 |
バベッジ伝説: |
コンピュータをどう定義するかによるが、バベッジ、アタナソフ、ツーゼは発明者ではない。どれも可変内蔵ではないから。 |
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エイダ伝説: |
エイダはプログラムと計算の本質を理解しているが、プログラムを実際に設計できたかどうか、疑わしい。バベッジの指導の下にコーディングはやったと思う。 |
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エイダ伝説: |
競馬の借金は本当だが、開発資金を稼ぐためというのはフィクション。 |
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エイケン伝説: |
Mark-Iは分岐命令もない不完全なプログラム制御の電気回路による計算機。バベッジの夢を実現したのは、ベル研のModel V(リレー式、プログラム制御、マルチプロセッサ)。 |
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ENIAC伝説: |
ENIACはデジタル化した微分解析機(常微分方程式をシミュレートするもの)でコンピュータではない。 |
1,2 |
ENIAC伝説: |
マンハッタン計画とは独立の陸軍によるプロジェクトで、弾道計算(射撃表の作成)が開発の目的だった。 |
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ENIAC伝説: |
科学計算汎用機として広い応用問題を計算した。並列処理を利用しないとき、定数記憶へ固定プログラムを内蔵できた。 |
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ENIAC伝説: |
ENIACはアナログコンピュータのような並列処理構造をもつ。固定プログラム内蔵モードで動かすと、逐次処理となった。 |
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ENIAC伝説: |
連続運転を心がけるようになってから、90%の稼働率を達成した。 |
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ノイマン伝説: |
フォン・ノイマンは、ノイマン型のコンピュータの設計思想を確立しただけ。コンピュータの父・母ではなく、助産婦か。コンピュータの概念と基礎理論はチューリングの独創(1936年)である。コンピュータの実現では、上記のようにマンチェスター大学やケンブリッジ大学が最初。 |
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ノイマン伝説: |
ENIACはエッカートとモークリらにより開発された常微分方程式解析機でコンピュータではない。ノイマンはENIACの製作途中、稼動する半年前(1944年秋)、ゴールドシュティンが駅で汽車を待っている間に初対面のノイマンに話しかけ(そのときノイマンはENIACのことをまったく知らなかった)、そのあとに機密だったENIACプロジェクトに入った。 |
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ノイマン伝説: |
まったく根拠のない空想。ENIACで最初にやった計算の一つがロスアラモスから持っていった水爆の爆縮をホイヘンスの定理で計算するプログラムだったので、誰かがこういう空想をしたのだろう。 |
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チューリング伝説: |
コロッサス開発を主導したリーダは、マックス・ニューマンで、チューリングを教えたキングスカレッジの教授。開発実働部隊は郵政省の研究所のフラワーズら。チューリングは英米首脳間秘話装置担当で忙しかったが、フィッシュ暗号解読についての相談には乗っていたと思われる。 |
2,3 |
チューリング伝説: |
コロッサスはフィッシュ暗号の解読専用に設計された統計解析機。厳密にはプログラム可変内蔵ではなく、コンピュータの定義には合わない。チューリングマシンを実現しようとしたのは、ACEコンピュータ・プロジェクト。 |
2 |
チューリング伝説: |
ボンベはチューリングマシンではない。また、エニグマ暗号機の忠実な模倣ではない。解読専用に設計されたまったく別の機械。そもそも忠実な模倣をしても、暗号表などがない限り、暗号解読は出来ない。 |
2,3 |
チューリング伝説: |
この誤説はすごく拡がっていて、一流マスコミや大学教官も平気で孫引きして、ウソを広めている。都市名は普通コードネームで呼ばれるが、イギリスの暗号解読者たちはコベントリーのコードネーム(KORN)を知らず、当夜の空襲はロンドンだと思いこんでいたらしい。このエピソードはブレッチレイで茶飲み話で語られていた懸念が一人歩きした噂と想像される。 |
2,3、 |
チューリング伝説: |
マンチェスターへ行ったときはすでにBaby Mark I が動き、その後、Mark I 開発はウイリアムス、キルバーンらにより進んだ。チューリングの仕事はソフトウェア(形態形成などの計算)、つまりユーザになった。チューリングマシンは、ケンブリッジ大学キングスカレッジの大学院生だった頃の独創。 |
2,3 |
チューリング伝説: |
彼はホモで裁判にかけられ、新聞記事にもなったし、ホモであることは世間に広く知られていた。それが自殺の原因にはなるはずがない。チューリングの自殺の原因は謎だ。 |
2,3 |
チューリング伝説: |
こういう事実はない。すごい想像力ですね。フィクションを書けば? |
2,3 |
チューリング伝説: |
もともとホモだから、改めて不能になるのだろうか?リンゴは母親を悲しませないため、事故を擬装したものだと考えられている。 |
2,3 |
チューリング伝説: |
彼の機械(ボンベもACEも)には現在秘密情報はない。彼が設計したPilot-ACEの実物は、現在ロンドンの科学博物館に展示されている。これをEnglish Electric社が商品(DEDUCE)として33台製造し、キャンベラ爆撃機などの設計や地磁気の計算などに使われた。 |
2,3 |
並列処理伝説: |
並列処理は,逐次処理よりも歴史が古く、また逐次処理とは全時代にわたって平行して存在していた概念である。むしろ1940年代、一時的に保留された方式であるともいえる。 |
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参考文献、出典 |
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星野「誰がどうやってコンピュータを創ったのか?」。および、そこで調査された約40件の開発者・開発時の文献。 |
共立出版。1995年。 日本語で出版されたコンピュータの歴史の決定版だという評価を頂いています。 |
2 |
星野「甦るチューリング -- コンピュータ科学に残された夢」および、そこで引用されたチューリングの7つの原著論文、2つの伝記、多くの教科書、論文。 |
NTT出版。2002年。 チューリングの伝記・伝説と21世紀に残された課題の評論。 |
3 |
Andrew
Hodges "Alan Turing, the Enigma" アンリュウ・ホッジス「アラン・チューリング、エニグマ(謎)」 日本語訳はまだ出版されていない。 |
原著は(1983)。Vintage Edition,Random House (1992)。 2で広範囲に引用した。チューリングの伝記の決定版といわれている。 |
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Michael Smith,“STATION X,The Codebreakers of Bletchley Park”Channel 4 Books,(1999) |
2で引用した文献。ブレッチレイパークで暗号解読に従事していた人々の体験回想記。 |
権威づけがないと、事実を信じる気にならない方へ。
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